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理事長所信

2012年度 社団法人ひたちなか青年会議所 第19代理事長 鈴木宏康

2012年度 社団法人ひたちなか青年会議所 第19代理事長 鈴木宏康(Hiroyasu Suzuki - 2012 President)

「DO one action everyday」復興一人一人が出来ることを継続的に

 真に笑顔で安心安全な新たな地域(まち)を築いていこう!

はじめに

2011年3月11日14時46分18.1秒、太平洋三陸沖を震源として1000年に一度の未曾有の大地震、東日本大震災が発生し、東日本を中心に多くの尊い命、生活、人生などを奪う甚大な被害をもたらしました。そして、私たちが住むこの地域(まち)においてもその被害を逃れることができず、我々が長年に渡り築きあげてきた漁業、農業、産業、港湾など誇れるもの全てがこの大震災によって一瞬で奪われました。その爪痕は今も尚、我々を苦しめ続け、戦後最大の困難に直面しております。

我々青年会議所は地域(まち)のリーダーとなるべく、これまで、まちづくり、青少年育成、会員研修を中心として、この愛すべき地域の発展を願い様々な活動を行ってまいりました。我々は、これらの経験を生かし、この困難に立ち向かい、この地域を復興し、震災前よりも更なる発展を達成するべく、活動をしていかなければなりません。もちろん、復興は一朝一夕に成し得るものではありませんし、被害の程度も地域(まち)によって様々であることも事実です。だからといって、手をこまねいていたり、足踏みをしている場合でないことも事実です。一刻も早く、何が必要なのか、そして今、何ができるのかを判断し、そして即行動に移すことが求められています。

青年会議所運動とは、その時代時代に則した問題提起を行い、誰の為に、何の為に、を常に考え、「明るい豊かな社会」の実現の為、「まちづくり」運動を継続的に活動している団体です。今、この困難を打破するべく、我々が培ってきた経験と青年としての若く力強い行動力を駆使し、復興そしてさらなる発展をする為に、継続して出来ることを発信、そして率先して行動してき、その行動の先にある、この地域に住む全ての人々の安心・安全と、満面の笑顔を取り戻すことができる新たな地域を築くべく、共に活動していきましょう。

災害に強い地域(まち) そして新たな地域(まち)づくりへ

この地域(まち)で、このような地震・津波が起きることを、いったいどれだけの人達が想像し、それに対し備えていることができたでしょうか。科学の進歩により、台風などの気象現象に関してはある程度は予測することができるようになりました。もちろん、突発的におきる集中豪雨やそれに伴う土石流や地滑り、がけ崩れなどはまだまだ予測は困難です。そして、地震においても事前の準備ができる程の予測は未だ不可能です。

しかしながら、災害発生を想定した避難するための知識や訓練などの事前準備という備えはできたはずです。

私は震災直後に、小さな子どもたちを連れて近隣の小学校へ避難されていく方々を見かけました。当時、電気や水道が不通になったので、自宅にいることに不安を感じて避難をすることに決めたのだと思います。しかし、しばらくするとその方々が避難をできずに引き返してきたのです。近隣の小学校は避難場所として指定されていたはずです。様々な理由はあったのでしょうが、私自身、いざというときはその小学校が避難場所との認識でしたので驚きました。そして、災害に強い地域(まち)を目指し、行政や地域で訓練も開催されていたはずですので、一つの避難場所がダメであった場合次に何処が避難場所かを知らない住民にも問題はあると思います。しかし、それらの想定外の事態が起こった場合の準備というものが行政、住民双方に必要ではなかったのかと思います。今回発生した東日本大震災はその規模も含めすべてが想定外でした。茨城県は幸いにも、被害を最小限にとどめることができた地域もあり、人的な二次被害というものはわずかでありました。しかし、今後30年間、同規模の地震の可能性は70%あるといわれています。今後更なる地域(まち)の安心・安全を築くために今回のこの大震災の経験をし、想定外の災害に備えるために市民・地域・企業・行政が連携を取り、「自らの地域(まち)は自らが守る」という市民意識の徹底を呼び掛けていき、真に災害に強い、安全・安心な「新たな地域(まち)づくり」を築く活動を共にしていきましょう。

未来を担うこどもたちが真に笑顔を取り戻せるように

皆さんはこの大震災直後、夜に明かりがないという状況や、飲み水や食糧を確保するのに長い列に長時間並ぶことや、家屋が倒壊の危険があるため、近くの避難所へ避難し、毛布に包まりながら一夜を明かしたなどの非日常的な経験をされたことと思います。ある程度の体力や行動力のある大人であれば、対処できたでしょう。しかし、非力で、大人たちの力に依存しなければならなかったこどもたちにとって、そのストレスは想像を絶するものだったのではないでしょうか。このこどもたちのこころのケアの重要性を強く感じます。

被災したこどもたちは二つのこころの傷を抱えると言われており、一つは地震そのものに由来するこころの傷、そしてもう一つは、その後に生じた大切なもの(家族・親戚・友人・家・コミュニティ・日常性・世界に対する安心感等)の喪失に伴うこころの傷があるそうです。震災はこどもたちから日常を奪いました。そこから回復するためには、我々大人たちがこどもたちに日常性をいち早く取り戻してあげることが急務であると思います。日常性とは、震災前には普通に出来ていた事、喜ぶ・怒る・泣く・笑うという日々の生活で意識せずともしていた、感情の表現を自由にすることができる環境です。

この震災で、こどもたちは大なり小なり、この社会に、この世界に不安を感じたと思います。現在でもその不安を抱え続けているかもしれません。そんなこどもたちの不安を解消することで、目に見えない不安から解放され、こどもたちが自由に生きていける社会をもう一度作り上げていきたいと考えています。こどもたちの笑顔はかけがえのないものであり、それは未来への希望が溢れたこどもたちである証であると思います。そういったこどもたちが自分達の住む地域を愛し、さらなる地域への発展の原動力へとなっていくものと思います。

未来への原動力となるこどもたちへのケアは我々大人の責任であり、青年会議所にとっても最も重要な責務の一つでしょう。我々の至宝であるこどもたちの笑顔を一つでも多く築きあげていきましょう。

姉妹都市・姉妹JCへの絆・継続的に出来ること

大震災における被災地のニュースは毎日報道され、見ない日は皆無といってよいと思います。その中でも、特に甚大な被害を被った都市として、宮城県石巻市があります。石巻市はひたちなか市と姉妹都市であり、石巻JCは当青年会議所とは姉妹JCであるという非常に深いつながりがあります。震災後、当青年会議所において「東日本大震災復興支援プロジェクト」を立ち上げ、微力ではありますが、炊き出しなどの復興支援をさせていただきました。私もその活動で現地に足を踏み入れました。メディアなどでその惨状は理解し、知っていたつもりではありましたが、実際は筆舌に尽くし難いものでありました。同じ被災地という区分けの我々と石巻ですが、その被害のレベルの違いを痛感しました。同じ被災地、そして姉妹都市、姉妹JCという絆、我々は互いがこの震災から共に立ち上がっていくためにも、震災復興の火をともし続けるためにも、この復興支援は継続していかねばならないでしょう。

2004年、青年会議所に入会した年に私は石巻JCとの交流事業「海友隊」で石巻市を訪ねました。石巻市とひたちなか市のこどもたちが直接交流し、その中から絆を育むすばらしい事業でした。あの時のこどもたちの笑顔を忘れられません。今、ここで再び両市のこどもたちの更なる交流を図り、絆を結び直すことで、お互いが笑顔を取り戻し、力強く前進する力となり、両市の明るい希望の光となっていけるのではないでしょうか。被災地同士であるということからも深く分かりあえるものも少なくないはずです。

会員拡大 共に活動する仲間を

1994年社団法人那珂湊青年会議所と、社団法人勝田青年会議所が、日本初の社団法人合併を成し遂げ、社団法人ひたちなか青年会議所が誕生し19年が経ち、2013年には20周年を迎えようとしています。合併当時100名以上在籍していた会員数も現状半数にも満たない人数になり、減少の一途を辿っております。会員拡大とは青年会議所活動の中で永遠の継続事業であると私は考えており、20周年を迎えようとする今こそ会員拡大に全メンバーが全力で取り組まなければなりません。私は青年会議所活動により様々な機会を得て成長をさせていただきましたし、青年会議所に入会し諸先輩から青年会議所には無限大の可能性と魅力があることを学びました。通常魅力あるものとは衰退はしないはずです。しかし現実には会員は減少しています。様々な理由はあると思いますが、私はこの青年会議所の魅力を会員候補者の方々に伝えきれていないのだと感じます。全てのメンバーがこの地域(まち)に必要な事業をしているという自負を持ち、自信を持ってその事業に会員候補者の方に参加していただき青年会議所の魅力を全ての事業で伝えれば必ずや会員は増員していく団体だと確信しています。

今まで以上に、我々の活動を外部へPRしていき、外部の方々も参加できるような活動をすることで、より多くの会員拡大を達成できると考えます。2013年20周年の節目の年に、それから先の未来に向けての活動を更に力強く推進していくためも多くのメンバーの獲得は必須であると考えます。

真のリーダーを目指して

近年ひたちなか青年会議所では継続事業が増え、各事業に対してのモチベーション低下や、会員の各事業への参加率の低下が顕著に見受けられます。

私はモチベーションこそが人間を動かす原動力であると思います。モチベーションが人に行動を起こさせ、問題を解決させ、人を偉大な目標達成の極みへと登らせるのです。

では、なぜ、今メンバーにモチベーションの低下が見られるのでしょうか。私は青年会議所活動のマンネリ化と向上心・発展への欲望の枯渇があるのではないかと考えます。本来、モチベーションとは他人から押し付けられるものではなく、自らが自分を鼓舞することで出てくるものだと思います。いままでの青年会議所活動を模倣するだけの活動では、各々のモチベーションが上がらないのも当然と言えるでしょう。当該年度の担当が同じ問題や継続事業においても新たな切り口で考え、変化や失敗を怖れず自分が初めから作り直すぐらいの気概で臨むことができれば、自ずと会の意識も高揚していくはずです。また、新たな問題提起から、新たな活動の種を発見することもできるのではないでしょうか。それらは全て、この地域(まち)を愛し、ここに住む全ての人々の幸せを願う気持ちがなければ、出てくることのない気持ち、それがモチベーションではないでしょうか。

地域(まち)のリーダーを目指す私たちは、地域や人々を想う気持ちであるモチベーションを常に持ち続けなければならないと思いますし、その想いは更に高く駆け上がっていく必要があるのではないでしょうか。

もう一度、我々が行動を起こさねばならない理由や、継続しなければならない理由を見つめ直し、その想いを築き直す時が来ているのです。

20周年からの未来に向けて

社団法人ひたちなか青年会議所にとって2012年度は、2013年度の「20周年」を迎えるにあたって重要な年であります。諸先輩方が全国初の社団法人合併を成し得、誕生した社団法人ひたちなか青年会議所は、常に変化を恐れずに自分達の存在意義を見出し、責任と誇りを胸に活動をしてきました。「10周年」の時代もそうであったように私たちの「20周年」は単なる20周年ではなく、那珂湊・勝田両青年会議所の歴史を抱えた「20周年」であることを私たちは忘れてはなりません。先輩方が活動されてきた誇りを胸に、「20周年」に向けて、これまでを今一度総括し、また、「20周年」からの10年を当青年会議所が更なる飛躍をするための重要な一年と位置付け活動していきましょう。

公益的組織へ向けて

2007年に公布された、公益法人制度改革関連三法は、2008年12月に施行され、2013年11月30日のタイムリミットまで、あと2年を切りました。また、日本青年会議所も2010年6月24日無事公益社団法人の認可を受けたこともあり、全国的に公益、一般への移行手続きの動きが、益々加速してきております。

そんな中、社団法人ひたちなか青年会議所は、早い段階で行動を起こし、2008年度第2回通常総会にて公益社団法人を取得することを可決致しました。それから様々な検証をし、方向性を模索してまいりましたが、状況が刻一刻と変化をしていることも事実であります。20周年迎える今、状況を今一度明確に捉え、2012年度早期に移行手続に向けて準備をしていきましょう。

音楽のまちひたちなか

2004年に初開催された社団法人ひたちなか青年会議所、最大の事業でもあるTEENS ROCK IN HITACHINAKA(以下TRH)も今年で9年目を迎え来年には10周年を迎えようとしています。当青年会議所はこの事業を発端とし、「音楽のまち ひたちなか」を掲げ、市と協働のもとCAMP VILLAGEをはじめとし様々な事業を展開してきました。そして更には茨城県日中友好協会が主体となり2010年の上海万博にて開催されたTEENS ROCK IN Shanghaiや2011年TRHと同じ会場にて開催された日中韓三国からなるTEENS ROCK IN ASIAなどへと各方面へと拡大していき、本事業も遂に世界へと羽ばたき、私たちの想像を超える事業に成長してきました。しかしながら、ルーツでもあるこのTRHも日本国内において高校生対象とした音楽による青少年育成事業としてまだまだ進化できる余地を多分に残していると思います。10周年を迎えようとする今、この事業を通して、今まで以上に「音楽のまち ひたちなか」を全国、更には世界へと発信できる事業にしていきましょう。

終わりに

今、最も必要なのは復興へ向けて今出来ることを個人として、青年会議所として継続的に活動していくという事と考えています。そこで、2012年度おいての活動のキーワードとして「復興」を掲げさせていただきます。全メンバーがこれまで青年会議所で学んだ全てを生かし地域(まち)のリーダーとして、私たちが生まれ育ち、愛すべきこの地域の全てを奪った震災から取り戻すべく活動を共にしていきましょう。

1949年、戦後間もない荒廃の地で、瓦礫の道をかき分け、若い力の集まりで復興へ立ち上がらなければならないと、創設者でもある三輪善兵衛(義雄)氏によって生まれた日本の青年会議所。今まさに当時の創設者の思いを我々は受け継がなければならない。今こそひたちなか青年会議所メンバー全ての力でもう一度「築く」時がきたのです。